堀之内の縄文遺跡(多摩ニュータウン No 72遺跡)
 
縄文時代のニュータウンの暮らし
 

この穴はけものを捕るための一般的な大きさの陥(おと)し穴(土坑)です。
 


この穴も陥し穴ですが、背丈以上に大きな穴は珍しいです。
深い陥し穴の場合は深さ(深いもので2.5m)で捕らえることができますが、一般的な穴の深さの ものは、穴のそこに数本の杭をさし、4つ足動物が地面に足が届かないことで動けない状態にして捕らえるそうです。



遺跡調査をしてるおばさん達が、うちの牛小屋にお昼休みにやってきて牛乳を取りに来る。 その時に、大きな「陥し穴」が見つかったから見においでよと言われていた。なかなか、行く機会がなくそのままに していたが、これを見て驚いた!!!本当に大きく、さらに深い陥し穴だ、、遺跡調査をいろいろ見てきたが今までに見たことが ないです。


きょう、、、八王子の食肉センターに牛を連れていったら、食肉センターに野生のイノシシを育てたものを 持ち込まれていた。柄は大きくないが機敏で鋭い、ちょっとやそっとでは人には負けないぞという顔をしてる。鉄柵から逃げ出したら 簡単には捕らえることは難しいと思った。小柄な縄文人、その頃のイノシシの方が大きいと説明されていたが、、、大変な仕事には 違いない。



6000年前の縄文前期の住居跡
 
縄文時代の前期の住居が7つもみつかったそうだ、、専門家によると、縄文前期の住居がひとつ 出ただけでも大騒ぎするところを、、、7つも見つかると言うことは大変なことといってるようです。 この堀之内のNo72の遺跡は関東地方でも有数の縄文遺跡と言える。



4500年前の縄文の住居跡
 
1500年の違いは何だろう、、前期の形をよく見ると四角形のが多く、家の屋根を支える 柱は外側の縁に沿って中側に並んでいますが、後期の住居跡の形が円形で、家の中側に柱があるようです。赤いところで 火を燃やしています。



 
これも縄文前期の住居跡ですが、、ここ、、3反ほどの広さのところにこんなにたくさんの 住居跡が見つかるというのは、、、すごいです。子供の頃や、、大人になっても。。。この足元に大昔の家のあとが残って いることだけでもすごいです。



 


  多摩ニュータウンNo72の遺跡はたくさんの土器が出土してます。ここの集落郡からなんと100万点を こえる遺物が発見されています。


  これは縄文中期の住居跡ですが、この頃のが200軒以上も発見されています。集落は東西120m〜150m、 南北90m〜100mの範囲に住居跡群が環状にめぐり、その内側に120基以上の墓壙(ぼこう)がつくられています。 このような集落は環状集落ともよばれ、当時の拠点的な集落の一つと考えられています。


 
畳にしたら、、、6畳ほどの広さのところに、、、何人の人が住んでいたか想像したくなる?? その頃の人は、、、何歳までいきてきたのだろう、、、埋蔵文化財センターの方に聞いてみる、、40歳ぐらいではないでしょうか という答えが来たが、、「俺、、、もう、、、寿命の歳??」自然豊かな生活だったのだろうか??



 


鎌倉時代のお墓だそうです。
 

(多摩ニュータウンNo.72は堀之内芝原公園から北八幡付近 )


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